人は些細なことで行動し些細なことで行動できない!ワクワクと不安

ワクワクと不安!人は些細なことで行動し些細なことで行動できない不安感でヤル気が出ない
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人は些細なことで行動し些細なことで行動できない

人は些細な事で行動し、些細な事で行動できなくなると思います。

 

そのいい例が、テレビ番組です。

行動する些細なきっかけを待っている

例えば、テレビ番組で「体に良いとされる油」が紹介されると、

スーパーから「体に良いとされる油」の姿が消えます。

 

普段から自分の健康面に無頓着な人でも、テレビ番組を

観ることで、「体に良いとされる油」が欲しいと思ってしまいます。

 

別にテレビ番組を観ても、購入しようとは思っていなくても、

いざスーパーで「体に良いとされる油」に人が群がっていれば

出遅れまいと購入してしまいます。

 

例え、テレビ番組を観なかったとしても、スーパーで人が

群がっていれば、何が何だかわからなくても品物を手に

取ってしまうのではないでしょうか?

 

もっともっと極端にいうと、何もない状態で私たちが

スーパーで品物選びに迷っていると、いつの間にか自然と人が

群がってきて、人だまりができてしまうんですよ。

 

今の時期、人だまりはコロナのクラスターになりかねない

じゃないですか。

 

だから、私的にはいつまでもグズグズと商品選びに迷って

もらいたくはないのですが。

 

時間が長引くにつれて、ドンドンドンドンと人だまりは

大きくなってしまいます。

 

それらの様子をみていて思うのですが、人はみな些細な

ことで行動しようとするんですね。

 

まるで、何か行動したくてきっかけを待っているような

気がします。

些細なことで行動できなくなる

その反面、人はみな些細な事で行動できなくなる

と思います。

 

その原因は、めんどくさいと思うからです。

 

めんどくさいと思う原因は、不安です。

 

不安感から恐怖心をあおり、怖いからそのこと自体に

目を背けてしまう。

 

そのこと自体を無かったことにしてしまうのが

めんどくさいということなのではないかと思います。

わくわくと不安は表裏一体

しかし、この不安感はわくわくすることを考えることで

簡単に幸せ感に変えてしまうことができてしまいます。

 

幸せ感に変えることができれば、自然とやる気に変わって

しまいます。

 

結局、めんどくさい事は不安感から来るもので

やる気はわくわく感から来るものなので、言わば

わくわくと不安は表裏一体だということがわかります。

 

しかも、どちらも簡単に解消することができるので、

私たちは物凄く小さなことを思い切り一大事として

捉えているのではないでしょうか?

 

何かをやろうと挑戦することは、実はそれほど大それた

ことではないような気がします。

知識が身に付けば大したことではない

私は、釣りが趣味なので、魚釣りをすることが大好きです。

 

小さなクチボソ釣りやハゼ釣りから始まって、フナやコイ、

大きなところではメダイやマダイなど、徐々により大きな

魚を釣りたいという欲求が発生してきました。

 

魚釣りというのは、自分が釣ったことがない魚に対しては

物凄く敷居が高く、果たして自分にあの魚を釣り上げることが

できるであろうかと、最初はかなりワクワクします。

 

しかし、1度でも釣り上げてしまうと、そのことが自信と

なって、2度目は意外にあっさりと釣り上げることができる

ようになっています。

 

自信の現われなのでしょうか?

3度目は、自信に満ち溢れていて、行けば必ず釣れるような

気になります。

 

これと同じように、他の何か新たに挑戦する時は、意外に

それほど難しくないのではないか?と思えるようになりました。

 

その時の敷居を高く感じる要素は、頭が良い人のむずかしい

言葉を使った解説です。

 

私からしてみると、頭のいい人たちは難しい言葉を使うので

到底理解に苦しみます。

 

それは恐らく、その話を聞くレベルに達していないことを

意味するのだと思います。

 

しかし、そのレベルであっても、理解ができる状態に書かれて

いれば、最高ですよね!

 

でも、説明する側からしてみれば、いちいち日本語に直して

説明をするよりも、難しい聞きなれない英語で話しをすれば

一言で済んでしまうことがありがちだと思います。

 

結局、言葉一つを取ってみても、いちいち調べながらの作業に

なるので、こればかりは通って行かなければならない道のり

だと思います。

 

一通り、言葉を理解したうえで、文章の内容が理解することが

できれば、そのやり方が身に付くと思います。

 

そのレベルに達すると、ようやくその説明を書いた人と

その件に関してはお話ができるレベルに到達できたと

いうことです。

 

その時は、嬉しさのあまり難しい自分が調べた言葉を

使って、会話をしたりするのかもしれませんね!?

 

なんか、相手に認めてもらいたいことからも、お近づきに

なるかもしれませんね。

 

そうやって、自己承認欲求というのは高めていくのだと

思います。

 

しかし、それではいつまで経っても、中々初心者には伝わらない

その人たちだけがわかる世界になってしまいます。

 

恐らく、大半の人はそれで満足をするかもしれませんね。

 

でも、初心者にとっては、言葉を調べないレベルでも理解

できるような解説書の方が喜ばれますよね。

 

そのレベルに到達することができれば、私たちは物凄く小さなこと

を大それたことに考えてしまうことが、減って来るかもしれません。

 

そこが目指せれば、未だ未だニーズはあるような気がします。

 

そうすれば、もっともっと行動できるようになる人が増えて

成功する人も増えるのではないかと思います。

 

 

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