本当にやりたいと思って行動しているのか?

本当にやりたいと思って行動しているのか?半端ないコウドウ力を手に入れる!

今、改めて自分の心境を振り返ってみると、自分がやっていることが

本当にやりたいと思って行動しているのか?という疑問を抱きました。

なぜなら、最近ではブログの書く内容についてネタが思いつかないという

現象が発生しているからです。

そのことからして、何かが間違っていると疑問を抱いているところです。

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本当にやりたいと思って行動しているのか?

私は、このブログで毎日やる気を奮い立たせながら、無理なく行動する

方法を自分なりに確立しました。

 

しかし、最近では自ら率先してブログを書く行動に移れていないことに

気が付きました。

 

その理由は、やれ記事の内容が薄いかもしれないとか、やれカニばっている

のが悪さをしているかもしれないと、記事を書くこと以外に気が行って

しまい、その影響で手が進まなくなっています。

 

それでは、ひとつもノンストレスで行動しているということに沿って

いないじゃないですか!

 

それでは、なんの意味もありません。

 

よく考えてみると、私は現在ブログアフィリエイトに挑戦している

立場の人間です。

 

こうして、ブログを更新しながら、何かを探し求めている立場です。

 

問題点にぶつかりながら、手掛かりを探し求めていて、わかった結果を

報告しています。

 

だから、最初から何かを教えられるネタがあるわけでは無いんです。

 

それなのに、まるで専門家にでもなったつもりで偉そうにノウハウ本

を書いているような意識になっていました。

 

私がやっていることは、そういうことではありません。

 

私がやっていることは、まずは疑問点から始まるので、

それに対して、様々な情報を調べていき、自分で納得が

できたことを報告できればいいのではないか!ということを

考え始めたところです。

 

じゃないと、自分がやりたいと思いながら行動することが

できないんですよ。

 

形式ばかりにこだわり過ぎてしまい、肝心の行動力を身につける

ことが疎かになっていました。

 

私の場合は、ブログを書いて初めて何らかの疑問が発生してくる

んです。

 

だから、ブログを書かなければ、何も始まらないんですよ。

 

幸いにして、やる気を出して自分のテンションをアゲアゲにする

方法は確立できたので、毎日その方法でやる気を出しています。

 

しかし、行動する時に、躊躇してしまいます。

 

確かに日記を書いたところで、そんなものは誰にも興味を示して

もらえないものだとも思います。

 

しかし、私の場合は半端ない行動力を身につけることに意味が

あるので、日記でも書いて行くことに意味があるんです。

 

ともかく、行動して行かなければ、次の課題が浮かんでこない

んですよ。

 

自分がやっていることが、本当に心底やりたいと思いながら

行動することができていない状態なんです。

 

それで、今こうして自分の心境をかいているわけですが、日記

感覚で書いているので、すんなりと手を動かすことができて

います。

 

これでこそ、自分がやりたいと思いながら仕事をしている

感がものすごく感じられます。

 

それで、今回思ったのですが、結局いつまでも成果が出ないと

やる気が失せてしまうのは、時間制限が迫ってくるから焦って

しまい、それでやる気が出なくなってしまうのだろうと思いました。

 

やる気が出ることと、やる気が出ないことを天秤にかけて

やる気が出ないことが勝ってしまう。

 

或いは、やる気が出ないことを考えてしまうことによって

焦ってしまう。

 

いずれにしても、ネガティブなことを考えてしまうと行動

できなくなってしまうので、ポジティブな事だけを考えて

ひたすら行動してしまう。

 

行動すれば、さらに気分はやる気満々の状態になるので

続けて行動に移すことができる。

 

この相乗効果に乗って、ひたすらやる気を発揮して、

やっていることを心の底からやりたいことに変換して

ともかく行動力を身につける。

 

それには、私の場合は日記でもいいからブログを書くこと

に重点を置くこと。

感謝が足りない

それと、やる気を出す時は、ともかく感謝を一杯する。

 

感謝というのは、多くの人はそれほど重きを置いていない

のではないかと思います。

 

私がそうなのですが、感謝は自分に跳ね返ってくることなので

出来る限り、心の底から感謝をすることがものすごく重要な事

だと思います。

 

どのくらい感謝をするかというと、人から受けた恩は絶対に

恩返しをしなければ、生きている価値が無いレベルくらいに

考えなければならないことだと、自分自身に憶えこます必要

を感じます。

 

「一宿一飯の恩義」ほど、ものすごく重要な事と

頭に憶えこませる必要があるということです。

ちょっとした世話になること。また、ちょっとした恩義でも忘れてはいけないという戒めの語。旅先などで、一晩泊めてもらったり一度食事を恵まれたりする意から。▽「一宿」は旅先などで一晩泊めてもらうこと。「一飯」は一回の食事をごちそうになる意。昔、博徒ばくとの間では、旅の途中で泊めてもらったり食事を振る舞われたりして世話になると、生涯の恩義とする仁義があった。

参考:goo辞書「一宿一飯 の意味・使い方」

たった一晩、泊めてもらって、一回の食事をごちそうに

なっただけじゃないんですよ!

 

その受けたご恩は、一生忘れずに生涯の恩義とする仁義

なんですよ。

 

本当にこのくらいまでに感じる必要があるものなんです。

 

なぜなら、その感謝はすべて自分にパワーとなって跳ね返って

来るからです。

 

恐らく、大半の人は「一宿一飯の恩義」を受けても、喉元

過ぎたら忘れてしまうことだと思います。

 

それではダメなんです。

 

もしも、喉元過ぎたら忘れてしまうような人だとしたら

「受けたご恩は一生忘れずに生涯の恩義とする」と思える

練習をするべきです。

 

それができるようになれば、必ず何でもできるようになれる

と思いますし、それができないようでは成功はあり得ない

とも思います。

 

今のところ、私は大手を振って成功したとは言える立場では

ありませんが、このことを意識しながら必ず成功して見せます。

 

その時は、改めて「一宿一飯の恩義」を心の底から勧められる

ことができるようになっていると思います。

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